おおやにきへの批判

 
 あらかじめ書いておくと私は該当のシンポジウムに出席が叶わなかったため,おおやにきの該当エントリに対しての批判を行う。
 また,大屋という人がどんな人なのか知らないので,書かれてあることをそのまま文理解釈する。知っていてもまあそうするのだけど。
 
 **コメントでも議論が進んでいますので,時間のある人はコメントにも目を通してもらえるといいかもしれません。**
 
 また,シンポジウムの内容そのものは正確に把握していないので否定も肯定もできないとするのが正しい立場だが,参加者のツイート等を見ると概ね好評だったようだということくらいは把握している。
 
 とりあえず,大屋という人は岡崎市立中央図書館事件に対する理解が浅いということを示す部分を引用しておこう。
 http://www.axis-cafe.net/weblog/t-ohya/archives/000735.html

でまあ述べた内容ですが、この件で図書館側・ベンダー側・警察側に問題があったというのは多くの人が言っていることだし、まあベンダーの問題点って否定できないよねえと素人ながらに思うのでそのあたりは他に任せて、逮捕されてしまった開発者の行動にも「問題」(ベストプラクティスではないという意味でのね)はなかったかという点と、警察・図書館の行動にも「問題」はあったがその背景にある事情というものがあるという話です。前者について言うと、刑法上の因果関係というのは被害側に未知・予測不能の欠陥があったことが結果発生に寄与した場合でも切断されないという話があり、つまり誰にも問題のない・完全な状態でいる義務などというものはないので図書館のソフトウェアに問題がないことを軽信したことは「問題」と言えるということ。またそのことを前提とすれば被害と因果関係という客観的な構成要件は揃っており、もちろんあとからわかったさまざまな事情を斟酌するとどうもまあ故意はなかったということでいいと思うのだが、捜査時点では(IPアドレスのブロック後も別アドレスからアクセスを再開するなど)故意の妨害であることを疑わせる事情というのもあったわけで、最終的に逮捕から起訴猶予という結論になっても仕方がないのかなということが挙げられる。

 非常に思考のバランスが悪く,librahack氏に責任を負わせたい,つまり,逮捕は仕方ないよねという法曹の常識を肯定したい人によくある論法に陥ってしまっている。
 当事件においてはlibrahack氏に過失はなく,強いて言えば事後に民事的な責任を問われる可能性がある程度で,現時点では民事的には責任を問われていないというのが,事件を解析した人々のほぼ一致した見解になっている。
 
 バランスの悪さの根拠を挙げておこう。

  • ベンダー側・警察側に問題があったというのは多くの人が言っている(だから触れない)
  • ベンダーの問題点って否定できないよねえと素人ながらに思う(だから触れない)
  • 逮捕されてしまった開発者の行動にも「問題」はなかったかという点に触れる
  • 警察・図書館の行動にも「問題」はあったがその背景にある事情というものがあるという点に触れる

 バランスの悪さがわかるだろうか。librahackには問題があったけど,図書館や警察は仕方なかったよね,という論法なのだ。この論法は #librahack において繰り返し否定されてきた。
 その具体論が次の引用にあたる。

もちろん図書館・警察側にもベンダーの主張する内容をどうも軽信したのではないかという「問題」が指摘できるわけだが、その原因というのも大きくは別のところに想定できるよねという話もあり、つまり被害が発生する以前の・早期の段階で積極的に介入せよというのはストーカーなどの事例で国民自身が警察に対して要求し続けてきたことであるし、分権化などで下の方に下の方に権限を移動させながら問題解決のために必要な(主として人的)資源を与えなかったために権限と能力のギャップを拡大させてきたという問題もあるわけである。そういう「地方分権」というのも国民自身が望んできたことなわけで、結局ベストプラクティスを実現できるだけの資源というのを与えていない状況でそれらのアクターに完璧なふるまいを求めても無理です、自分たちの選択の結果を国民自身が引き受けてくださいとしか言いようがないところはある。

 不適切な例えを持ち出して正当化する詭弁論法の一種であることに気付けただろうか。
 桶川ストーカー事件は凄惨な事件であり警察に早期捜査の圧力がかかったことは事実だが,ストーカー事件と偽計業務妨害はその性質が大きく違う。警察が扱う「事件」というくくりで並列に語ることは,「脊椎動物」のくくりでニワトリとクジラを並列に語るのと同じくらい危険なことだ。
 ストーカーについては被害の発生早期(つきまといや迷惑行為が始まった時点)での対策が求められているわけで,単に「あの人はストーカーになるかもしれないから捕まえてくれ」とまでは要求されていない。大屋の言う「つまり被害が発生する以前の・早期の段階で積極的に介入せよというのはストーカーなどの事例で国民自身が警察に対して要求し続けてきたこと」については誇大表現であって正しくはない。事件発生以前の警察介入を求めた例があるなら示してもらいたい。
 バランスの悪さはこの手の論法で悦に入る人の典型例なのだが,どうして警察が「サーバに問題がない」と判断する事はよくて librahack が「サーバに問題がない」としたことは問題だと言うのだろうか。全く辻褄が合わない。法律家と言うのはロジカルな思考ができないのであろうか。であれば技術者に馬鹿にされるのも仕方がない。道理がそもそもおかしいのだから。辻褄を合わせるのであれば,librahack が「サーバには問題がないだろう」と判断したのと同じ水準で警察が「サーバには問題がない」と判断したとする,つまり librahack の判断には問題がなかったとするか,あるいは双方に問題があったとしなければならない。そして,そのいずれを採用したとしても,その後の警察の捜査行動には問題が残る。双方が正しかったのであれば librahack のクローラが故意を示さない,つまりは犯罪を構成しないと判断して嫌疑不十分または嫌疑なしの結論を早期に得るべきであったか,「サーバに問題がなければ何ら悪影響を及ぼすものではない」つまりサーバに問題があったんではないかと判断を変更すべきであったのにそうしなかったことが問題であるし,双方が誤りだったのであれば警察の誤った判断に基づく捜査は当然非難されてしかるべきだろう。だからこそ私たちは警察の行動に対して是正を求めているのだ。

 図書館についてはおおよそ正しい事を言っているように見える。権限を割り当てるだけで人員については補填せず,むしろ予算を含めて削減傾向にあるらしいことは小耳に挟んだ事がある。
 が,しかしだ。警察においてはそうではない。警察は本事件の被害届受理から逮捕まで一ヶ月の時間をかけている。一ヶ月あればアクセスログを分析し,攻撃ではないという結論を得る事ができたはずだがそうならなかった。それはつまり,捜査手法においてネットワークフォレンジックが実施されていなかった事の傍証であり,また捜査において最後まで図書館システムの分析が行われておらず,これについてもコンピュータフォレンジックが行われていなかった事の傍証となる。
 私たちは単にそれらについて適切に捜査することを求めているだけであって,言ってみれば「変死体を司法解剖するように,交通事故で自動車の破損状況を検証するように,ハイテク事件やサイバー犯罪と呼ばれるものについてもフォレンジックを実施してくれ」という,警察の職務において他の事件と同等の捜査をしてくれと求めているに過ぎないことを,大屋は失念しているのか知らないのかどちらかだと推測することができる。
 つまり,警察の現時点のリソースでできることしか求めていないのだ。フォレンジックできないなら日本音響研究所に声紋分析を依頼するように専門機関に依頼すればよいだけの話だ。
 
 簡単に言えば大屋は問題点を取り違えたかろくに理解していないかどちらかであって,挙句に素人にありがちな詭弁的正当化に陥ってしまっているのだ。いずれの理由にしろプロが壇上で語るにしてはお粗末に過ぎるため批判に晒されるのも仕方のないことだろう。
 
 でもって討論で語った内容らしいものが別エントリに上がっていたのでそちらも読むことにしよう。
 
 http://www.axis-cafe.net/weblog/t-ohya/archives/000737.html

まあ個人的には形式が守れない人間には研究者としての資格がないよねえ

 事前に事実関係と事件の詳細を検討したうえで意見なり見解なりを発表するという形式や辻褄の合う論理的な提言を行う等の形式を守れなかった人が言ってもなんだかなあというところだが,気を取り直して議論部分を読んでみよう。
 
 と思ったが。
 
 まあ一般論の範囲としては正しいように見えるものの,議論で語った事だけが書かれていて,相手がどのような発言をしているかがわからないので文脈が読めない。そのため論評のしようがない。
 
 ということで,少なくともパネル発言において,おおやにきの記述の通りの発言であったなら,私がその場にいたら大屋を批判したであろうことを明言しておく。
 
追記:
 
 おおやにきで追記されていた部分で「二点だけ、あまりうまく伝わらなかったのかなあと思っていることを補足しておきます。」という部分について触れておかないとアンフェアだと思ったので触れておく。
 

第一に、ベンダーの問題や、警察・図書館の行動の「悪かったところ」(繰り返すがベストではないという意味でな)にあまり言及しなかったのは、最初にも書いたけどそこはまあみんな言っているし他のパネルの人が指摘するよねえと思ったから。「だから人のあまり言っていないことを言う」とは前置きしたのですがね。

 これはなんともトホホな感じであって,人のあまり言っていない事を言ったつもりなんだろうけども実際には否定しまくられて今更「librahackにも問題があったよね」なんて言っちゃう人は大幅に周回遅れな人くらいなものだからであって,別にそこのところをあえてスルーしているとかなんだとかそういう理由ではないのである。ここでも大屋の不勉強が目に付くというところか。
 まあ膨大なログを読めと言うのも難しいだろうから仕方がないとはいえ,明らかに周回遅れになってしまっていることに気付けなかったのは大屋の失点だろう。
 

第二に、今日私が喋った内容は「私個人の主張」というよりは「警察・検察がそれに沿って動くようなこの国の通り相場」の話です。

 ダウト。
 仕方がないよね,というのは容認の言葉であって通り相場がこうであるという事実の提示ではない。ということはおおやにきの記述が間違っているのかシンポジウムでの発言が間違っているのかのいずれかであっていずれにしろ論ずるに値しないという事になってしまうんだけど大丈夫なんだろうか。
 ご自分で

それを十分に伝えるために自分の意見とか主張とかを抑制できない人間は法律家になる資格ないです。

 と言ってしまっているあたり墓穴の掘り方には習熟しているように見えるのだけれども。まあ,

「良心を棚上げできる」というのは法律家にとって非常に重要な素養

 とも仰っておられるので,二枚舌は良心の呵責に苛まれるところ平気で過ごしていられるのかなあと想像してしまうわけです。
 
 ともあれ

まあ全体としては面白かったというか、他のパネルの方々のご発言も勉強になったのでよかったなあという感じ。

 らしいので,もう少し具体的にシンポの内容が明らかになればいいなあと思う次第。